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(5)インドネシア:バリ島編・パート1

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シンガポール・完結編

観光地のひとつに名前は忘れましたが、海峡に面したある岬の頂上に第二次世界大戦の跡地を記念公園として残してあり、当時のイギリス軍の海峡に向けた対日本軍の砲台が並び、その地下壕の通路に小部屋が幾つもあり、辿って行くと順番に開戦から終戦迄の歴史が様々な蝋人形によって語られていました。最初はその歴史に興味が湧き、開戦になった経緯などを蝋人形を見ながら辿って行きました。しかし、最後の部屋では山下将軍達、日本軍の全面降伏の調印式の場面があり、そして、外に出ます。その時の空しさ、恥ずかしさを痛切に感じた結果となりました。 チャンギ国際空港は私自身にとって、もっとも馴染み深い空港のひとつです。プーケット、インドネシア、モルディブなどへのトランジットでのウェーティングそして各地の滞在ビザ取得の為の渡航で数十回と通過しています。東南アジア諸国の国際空港の中では最も落ち着いた所だと思います。
私のシンガポール観は一部のチャイナタウンを除き、整備された、洗練された国際都市であり、低迷しているわが国、日本も政治・経済の面に於いて、この国から学ぶ事はたくさんあると痛感しました。

(4)シンガポール編・パート1

シンガポールへは仕事の関係で査証(ビザ)の再取得及びトランジットの為、10数回の渡航をしました。古い中国人街を除く町並みは本当に整備され、道路は渋滞もなく又、ゴミのポイ捨て禁止の法律の関係できれいです。但し、中華街のレストラン周辺は他国の同街とやはり同じで汚れており、中国人のモラル、エチケット、マナーの低さには本当にあきれます。しかし、日本よりも資源のないこの国のパワーには驚かされ、名実ともに世界有数のトップレベルの一国に成長しました。ASEAN諸国とりわけシンガポール、マレーシアの両首相は公の席上で今までは日本に追いつき追い越せを目標にやってきたが、今後は日本の成長率はなく、世界の順位も経済、教育のレベルの下降は必至であり、今の状態では日本の将来性はまったく期待できず当然、日本を目標にと言うスローガンは過去のものと切り捨ててスピーチしております。私も海外から母国を見ていてまったく同感であり、日本の政治体制が一番腐っていると思いました。しかし、この狭い国土のシンガポールではよく国際会議等の重要会議が開催される為、ホテルの予約が取れにくく又、その時期の室料も東京都心以上になり、本当に困りました。初めて当地を訪れた時、現地の日本人スタッフに案内され、ある商業地のカフェテラスで休憩を取っていると(東京・銀座の町並みに似たエリア)彼が私にこのシンガポールには美人が本当に少ないからよく観察して下さいと言うので目を凝らして往来する女の子を見ていました。二人で一時間ほど観察しましたが本当に一人の美人に出会うことはなく、逆になぜ一人も見ないのかと疑問すら感じました。ところでみなさん、シンガポールで有名なスポットと言えば波止場にあるマーライオンの像ですが、実は二頭あること、知っていますか?メインのマーライオンから約20~30メートル離れて一回り小さい同じ形をしたマーライオンがいつも日の目を見ないで座っていますが(紹介パンフレットとか絵写っていない)何か寂しそうに海を見つめているように思えます。陽はいっぱい浴びているのにいつまで経っても日の目を見ないからなのでしょうか・・・。

タイ:プーケット・完結編

ライワイビーチにあるイタリア人夫婦が経営しているレストランにはよく通いました。そこは海岸沿いにある木造のオープンテラス風(古い民家を増改築した粗末な小屋?)で正面には煉瓦造りの焼き釜に薪で20~30種のピザを作ってくれます。いつもオードブルは生ハム数種の盛り合わせにグリーンサラダ等各種サラダ、数種のピザ&大盛スパゲティ、ドリアにガーリックパン・フランスパンを添えてビールとワインを飲み、夕暮れの海の景色を満喫しながら仲間数人で会食します。お客はほとんどがヨーロピアンで日本人は私達ぐらいでガイドブックには載っていない穴場はたくさんあり、どこも本当にびっくりする安価で各国のオリジナリティをここプーケット島で堪能できます。でも4年間の滞在中、悲しい出来事もありました。それは仕事仲間でもあった当時62歳のK氏が急死したことでした。彼は北海道地方の出身で若い頃はスキーの選手として国体にも出場した位のスポーツマンでして仕事が終わった後、海やプールで泳いだり、ジョギングやウォーキングしたり、いつも健康には人一倍の気を使いながら又、日々を楽しんでいました。ところがある日、喉に違和感があるから病院へ行ってくると笑顔で言ったのが最後の言葉でした。その二日後、付き添っていたA氏からK氏が危篤状態に陥ったと連絡があり、友人と慌ててバンコクへ行きました。しかし、その翌日の深夜、一度も目を覚ます事もなく永眠してしまい、後で判ったことですが医療ミスが発生したとの報告がありました。発展途上国で長期滞在する時、大病と判断した時はすぐに日本へ戻って治療を受けようと決意し、プーケットへ戻りました。そして、落ち込んでる私に女の子たちから代わる代わる慰めてくれて元気を取り戻して又、楽しい日々を送り出した頃にはその決意はすっかり消えておりました。何て私は無節操な男なんだろうと後で気付いたのですが微笑みの国であるこの地での魔性の誘惑には勝てず、決意はすぐ打ち砕かれてしまいました。プーケットでの約四年間の滞在中、たくさんの思い出ができ又、あっという間に時が過ぎました。台湾華僑グループ及び在留日本人との付き合い、ホテルのロビーでピアノ伴奏で歌ったり、クラブのステージで生バンド演奏で歌ったり、女の子達とスピードボートで島に渡りバカンスを楽しんだり、プーケットファンタシー(3千人収容の劇場や数々のアトラクションがある)へ行ったり、バーベキューパーティーやドライブで色んな所へ行き楽しんだり、思い出は尽きない位、たくさん出来ました。

タイ:プーケット・パート4

当時、一番人気があったクラブは「ピンクレディ」といってショータイムが中心になっていて、お客がステージで出演している女の子の中に気に入った子がいればチップの代わりにフラワーレイ(勿論、造花です。)をスタッフに依頼しプレゼントするシステムでフラワーレイの種類は1個300円~3万円あり、女の子はプレゼントされたお客の席に着き、つぎの自分の出番までお相手します。女の子もしたたかで金額の多さ、馴染み客そして今後の顧客の開拓に日々頑張っています。固定給はほとんど無く、チップだけがたよりであって顧客を作れない子は収入を得ることはできない為、辞めてゆきます。そしてバンコクなど他県の出稼ぎの子達が激しく入れ替わるので店内ではスタイル、ルックス等、魅力ある子が多くなり本当に目移りします。私は日本からお客さんや友人・知人が来たときは必ず店に連れて行き、楽しんでもらいます。多い人は一晩でフラワーチップを10~15万円使い皆はまってしまい、閉店後のデートを誘いますがレストランの食事まではOKだがそれ以上は断ります。その繰り返しがあったせいか、私がプライベートで寄った時は私のテーブルに多い時は女の子が20人位集まって来ます。又、私が家で風邪で寝込んでいるとそれを知った子が心配して食事を持って看病してくれます。その頃はお世話になった台湾人の張さんと離れ、プールがあるマンションへ引越しして一人暮らしをエンジョイしていたので数人の女の子が時々、泊まりに来るのはいいのですが、私のいびきで寝れなくてバスルームで寝たりしてた子もいました。一番驚いたのは付き合っていた女の子の中の一人が私に自分の使っていたCDプレーヤーが不要になったから要らないと言うので引き取ったのがきっかけでその後、食器や小物入れ、洋服ダンス等が次々と運び込まれて最後はその女の子がしばらく住み込む結果となりました。そして彼女の実家であるチェンライ(タイ北部)に住んでいた母親が亡くなり、本人も田舎へ帰ることになったことで本当にほっとしましたプーケット滞在中は午前、仕事をして午後からホテルへ戻り、プールで泳いだり、プールサイドで読書して日光浴したり、タイ式マッサージやスパへ行ったりして過ごし、夕方からは仲間又は彼女と色々なレストランでディナーを取りその後はお決まりのクラブをはしごして飲んだり、たまにディスコへ行きナンパしたり・・・・と本当にプーケット生活を約4年間、いっぱい満喫しました
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Author:aceh0326
東南アジア生活に興味のある方へ、私の体験談をお話します

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